古い親友と久しぶりにメッセしました。
気の置けない、そして古い友人との会話はいいものですね。

彼女はいうなれば、親友第一号。
人生初、気を許せた記念すべき人物です(照)。

天真爛漫の彼女と冷静沈着な私、という組み合わせだったので、私たちがどうして親友なのか、周りの人にとっては大きな謎だったそうです。

あはは、まるでアニメの設定のようにわかりやすく正反対でしたもの。

本人たちもその違いは充分わかってたんですけど、不思議なほど価値観が似ていて、激しい共感・同類意識があったんです。
根幹(価値観)は同質で、目に付きやすい枝葉(言動)が違うだけだよね、というのが私たちの共通見解だったのですが。

その意識は今でも健在なようです。
今回話している中で「人生における選択」というトピックになったのですが彼女曰く、
「私は考えるよりも先に、盲目的にやたらめったにあがきながら"たどり着く"タイプ。まなは冷静に数ある選択肢を見据えて、多角的に考え抜いて"選ぶ"タイプ。
でも、こんなに違う過程を経ても、選んだもの・たどり着く場所は不思議と同じなんだよね、私たち。」
うん、私もそう思う。

彼女と話し終えて、どちらがいいのかなあ、と思ったのですが、
どちらにしても不安と戦わないといけないのは変わりないな、と思いました。
不安の種類は違うでしょうが。

彼女のようなタイプは、他にも選択肢があったかもしれないという
不安と闘わなければならないし、
突き進む過程で、必要以上に傷つくこともあるでしょう。

私のようなタイプは、数ある選択肢の中から自分が選んだものが、本当に正しかったのかという不安と闘う必要がありますし、
他のものを選ばなかった・選べなかったことを知ってしまっている悲しさもあります。

どちらがいいとか悪いとかではなくて、
こういうのが個性とか性格とかいうんでしょうけど。

それでも、たどり着くところが同じ、というのが私たちが深い共感で結びついた親友である所以なのかもしれませんね。

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